訪問看護の賃金格差と特別地域・中山間地域加算はどうなる?第267回介護給付費分科会の論点を解説
訪問看護事業者にとって、看護職員の確保や処遇改善は、年々大きな経営課題になっています。
特に地方では、病院との採用競争に加え、利用者宅までの移動距離が長い、1日に訪問できる件数が限られるといった、都市部とは異なる事情を抱えている事業所も少なくありません。
こうした中、2026年9月16日に開催された第267回社会保障審議会介護給付費分科会では、令和9年度介護報酬改定に向けて、訪問看護関係団体から「病院勤務の看護職との賃金格差」や「特別地域・中山間地域における加算のあり方」について意見が示されました。
ただし、今回示された内容は、あくまで今後の介護報酬改定に向けた意見・要望です。
本体報酬への反映や加算率の引上げが決まったわけではありません。
この記事では、第267回分科会の資料をもとに、病院勤務看護職との賃金格差や特別地域・中山間地域加算について、何が要望され、現時点で何が決まっていないのかを整理します。あわせて、訪問看護事業者が今後確認しておきたいポイントを解説します。
目次
令和9年度介護報酬改定とは?訪問看護について示された意見
第267回社会保障審議会介護給付費分科会は、2026年9月16日に開催されました。
今回の分科会では「令和9年度介護報酬改定に向けて」をテーマに、関係団体等との意見交換が行われています。▶第267回社会保障審議会介護給付費分科会(web会議)資料(外部リンク)
その中で「医療系サービス」の一つとして訪問看護が取り上げられたほか、中山間地域や人口減少地域における介護サービスの提供体制についても意見が示されました。
訪問看護については、日本訪問看護財団と全国訪問看護事業協会が資料を提出し、今後も安定して訪問看護サービスを提供していくために必要と考えられる報酬上の対応などを要望しています。
ここで押さえておきたいのは、分科会で意見が出たからといって、その内容がそのまま制度改正につながるわけではないという点です。
今回の内容は、令和9年度介護報酬改定に向けた議論の一段階です。今後の審議を経て、実際にどのような仕組みになるのかを確認していく必要があります。
本記事で注目する2つの論点
①病院勤務看護職との賃金格差を踏まえた処遇改善
今回の資料でまず注目したいのが、訪問看護で働く看護職員の賃金です。
提出資料では、訪問看護ステーションや看護小規模多機能型居宅介護で働く看護職員と、病院で働く看護職員との間に賃金差があることが示されています。
日本看護協会の調査データをもとにした資料では、35歳から54歳までの各年代で、訪問看護ステーション勤務者の平均賃金が病院勤務者を下回っています。
例えば45~49歳では、税込給与総額の平均が病院勤務で約42.1万円、訪問看護ステーション勤務で約34.9万円とされています。
訪問看護事業者にとって、この差は単なる給与の問題ではありません。
地域によっては、病院と訪問看護ステーションが同じ看護師人材を採用しているため、
給与水準の差が採用や定着に影響する可能性があります。
こうした状況を踏まえ、訪問看護関係団体からは、これまでの処遇改善による賃金上昇分を本体報酬に反映することや、経済状況の変化に応じて柔軟に対応できる仕組みを求める意見が示されました。
ただし、現時点で訪問看護の基本報酬引上げが決定したわけではありません。
あくまで令和9年度介護報酬改定に向けた要望の段階です。
➁特別地域・中山間地域の加算率見直しを求める意見
もう一つの大きな論点が、中山間地域や人口減少地域における事業所経営です。
現在の介護報酬制度では、中山間地域等でサービスを提供する事業者について、一定の要件を満たした場合に加算を算定できる仕組みがあります。
代表的なものとして、特別地域加算は所定単位数の15%、中山間地域等における小規模事業所加算は10%、中山間地域等に居住する利用者へのサービス提供加算は5%となっています。
一方で、人口規模の小さい地域では、利用者宅までの移動距離が長くなりやすく、1日に訪問できる件数や車両費、燃料費などの面で、都市部とは異なる負担が生じます。
今回の資料でも、人口2万人未満の地域に所在する調査対象事業所では赤字割合が高く、最も遠い利用者宅までの平均距離も政令市群より長いことが示されています。
こうした事情を踏まえ、訪問看護関係団体からは、物価上昇やDXへの投資なども考慮し、特別地域・中山間地域に対する加算率を実際のサービス提供の負担に応じて見直してほしいとの意見が示されました。
こちらも、現時点で加算率の引上げが決定したわけではありません。
訪問看護事業者への影響は?
今回の議論は、訪問看護事業者全体に関わる「人材確保・処遇」の問題と、特に中山間・人口減少地域で課題となる「事業所経営」の問題という、2つの側面があります。
看護職員の採用において近隣の病院と競合している事業所では、今後の報酬や処遇改善の仕組みが、採用力や人材定着に影響する可能性があります。
また、中山間地域や人口減少地域では、人件費だけでなく、職員1人当たりの訪問件数、移動時間、移動距離、車両費、燃料費なども収支に大きく関係します。
そのため、今後の改定を見る際は、単に「報酬が上がるか」「加算率が変わるか」だけではなく、自事業所の収支や人員配置にどのような影響が出るのかまで確認することが重要です。
ケース別に考える今後の影響
地方で訪問看護ステーションを運営している場合
例えば、看護職員10名程度の訪問看護ステーションで、近隣病院との採用競争が厳しくなっているケースを考えてみます。
仮に今後、訪問看護の報酬や処遇改善の仕組みが見直され、事業所の収入が増加した場合には、その財源をどのように職員の処遇へ反映するかという検討が必要になります。
「基本給を引き上げるのか」「手当を設けるのか」それとも「賞与などで還元するのか」によって、その後の人件費負担は変わります。
特に基本給を引き上げる場合には、毎月の給与だけでなく、時間外手当の算定基礎や、給与規程の定めによっては賞与額などに影響する場合もあります。
目の前の増収額だけで判断せず、数年先まで無理なく維持できる給与制度かどうかを確認することが大切です。
中山間地域で広い範囲を訪問している場合
利用者宅まで片道20~30kmの移動が日常的に発生する事業所では、都市部の訪問看護ステーションとは異なるコスト構造になっています。
移動に時間がかかれば、その分だけ1日に対応できる訪問件数は限られやすく、車両費や燃料費の負担も積み重なります。
仮に今後、特別地域・中山間地域に対する評価が見直されたとしても、「加算によっていくら収入が増えるか」だけで判断するのではなく、実際に発生している移動コストや人員配置と照らし合わせる必要があります。
特に、加算による収入増が、移動時間の長さや職員1人当たりの訪問件数の少なさをどの程度補えるのかを確認することがポイントです。
審議会情報を見るときに注意したいこと
介護報酬改定に関するニュースを見る際、特に気を付けたいのが「要望」と「決定」を混同しないことです。
今回の第267回分科会では、訪問看護関係団体から、本体報酬への反映や地域加算率の見直しなどの意見が示されました。
しかし、これらはまだ正式な改定内容ではありません。
ニュース記事の見出しだけを見て、「訪問看護の報酬が上がるらしい」「地域加算が増えるらしい」と判断してしまうと、実際の制度との間にズレが生じる可能性があります。
採用人数や給与水準など、長期的な経営判断に関わる事項については、今後の分科会資料や審議報告、最終的な告示・通知などを確認してから判断することが重要です。
社会保険労務士の視点から考えるポイント
訪問看護の報酬と人材確保を考える際は、「介護報酬がいくら増えるか」という点だけを見るのではなく、その財源をどのように給与制度へ反映させるかまで考える必要があります。
例えば、基本給を引き上げる場合には、毎月の給与だけでなく、時間外手当や賞与などの計算にも影響する場合があります。
賃金規程や雇用契約書の見直しが必要になることもあるでしょう。
一方で、一時的な加算や収入増を前提に基本給を大きく引き上げてしまうと、その後の収益状況によっては、人件費が経営を圧迫する可能性があります。
そのため、実際に改定内容が明らかになった際には、
「介護報酬がどう変わるのか」
「自事業所の収支にどの程度影響するのか」
「人件費に充てられる金額はいくらか」
「給与制度へどのように反映するのか」
という順番で考えていくことが大切です。
訪問看護では、病院勤務の看護職との賃金格差を縮め、採用・定着につなげたいという課題がある一方で、その給与水準を継続して維持できる経営基盤も必要です。
介護報酬と給与制度を別々に考えるのではなく、両方を見ながら判断していくことが重要になります。
まとめ|令和9年度改定に備えて今後の改定動向を確認しておきましょう
第267回社会保障審議会介護給付費分科会では、令和9年度介護報酬改定に向けて、訪問看護関係団体から
「病院勤務看護職との賃金格差を踏まえた処遇改善」や「特別地域・中山間地域における加算率の見直し」について意見が示されました。
特に人口の少ない地域では、赤字事業所の割合が高く、利用者宅までの移動距離も長いなど、都市部とは異なる経営上の課題があることが資料から分かります。
一方で、本体報酬への反映や地域加算率の引上げは、まだ決定していません。
訪問看護事業者としては、今後の審議状況を確認しながら、現在の給与水準や人件費率、採用状況、訪問件数、移動距離などを整理しておくことが大切です。
制度改正の内容が明らかになったとき、自事業所にどの程度影響するのかをすぐに判断できるよう、今のうちから現状を把握しておきましょう。
「現在の処遇改善加算の運用に問題がないか」「今後の改定を踏まえて給与制度を見直す必要があるか」など、具体的な労務対応について確認したい場合は、初回無料相談をご利用ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. 第267回分科会で、訪問看護の報酬引き上げは決まったのでしょうか?
A. いいえ、決まっていません。
第267回分科会では、訪問看護関係団体から、病院勤務看護職との賃金格差を踏まえた賃金改善や、本体報酬への反映を求める意見が示されました。
現時点では令和9年度介護報酬改定に向けた要望の段階であり、正式な改定内容ではありません。
Q2. 特別地域加算や中山間地域の加算率は引き上げられるのでしょうか?
A. 現時点では、引上げは決定していません。
現在は特別地域加算15%、中山間地域等における小規模事業所加算10%、中山間地域等に居住する利用者へのサービス提供加算5%などの仕組みがあります。
第267回分科会では、地域の実情に応じて加算率を見直すよう求める意見が示されましたが、具体的な見直し内容は今後の議論によります。
Q3.訪問看護事業者は今から給与を見直す必要がありますか?
A. 第267回分科会の内容だけを理由に、現時点で給与を変更する必要はありません。
ただし、今後の介護報酬改定に備えて、現在の給与水準や人件費率、採用・退職状況、昇給制度などを確認しておくことは有効です。
正式な改定内容が示された段階で、自事業所の収益への影響を試算しながら、必要に応じて給与制度の見直しを検討するとよいでしょう。
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